 
赤米と相馬屋の物語
「なぜ相馬屋では古代米を取り扱うようになったのですか?」そういった質問をよく頂きます。
「日本で最初に作られたお米」「お赤飯のルーツ」といわれる赤米に相馬屋・代表の佐藤守利が「惚れたから」といってしまっていいでしょう。
赤米の存在を知り、「見てみたい」→「食べてみたい」→「育ててみたい」と興味がどんどんふくらんで、今現在の相馬屋の古代米への取り組みがあります。
最初に福島県いわき市で赤米づくりをはじめたのは平成元年。京都からわずかな種を入手し、いわき市小川町在住の松崎岩雄さんにお願いして始まりました。
初めての赤米づくりは手さぐりで、とても大変だったそうです。でもその分、感動も大きいものでした。
お盆をすぎた9月頃、松崎さんからの電話がありました。「田んぼが火事だ!!」
あわてて田んぼに行くと、稲穂の先に麦の穂のような長い芒(のぎ)がお日さまに照らされて、赤くきらきら輝いていたそうです。
少しでも多くの人たちに古代米の存在を知ってもらいたい。食べてもらいたい。その気持ちを大事に古代米に携わっていきたい。とスタッフ一同思っています。
古代米の特徴
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●玄米の色が赤や黒や緑などと有色米が多い。
●稲穂の一粒一粒に針のように芒(のぎ)を持つものが多い。
●生命力が極めて強く、荒れ地で無肥料・無農薬でも丈夫に育ち、干ばつ・冷水などにも強い。
●実りのころ、籾がひとりでにこぼれ落ちるものが多い。(脱粒性がある。)
●品種改良された現代の米に比べて、収穫量は半分以下と少ない。
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■ 赤米
玄米の色が赤褐色で、果皮・種皮の部分に赤色の色素(タンニン)を含んだコメです。
野生稲の大部分が赤米であることから、赤米は米のルーツであり、赤飯の起源と考えられています。
栄養成分は、現代の白米と比べ、たんぱく質や各種のビタミン・ミネラルが多く含まれています。
縄文時代、日本に初めて伝わった米はジャポニカの赤米だったと考えられています。
邪馬台国や大和朝廷への献上米も赤米が主だったと云われています。
鎌倉時代には、大唐米・大唐法師と呼ばれる赤米が中国から渡来し、広く栽培されました。
江戸時代、薩摩藩では田んぼの50%も赤米が作られていました。
明治に入ると、赤米は雑草と考えられ、国をあげて赤米駆除運動が始まります。
岡山県総社の国司神社、対馬の多久頭魂神社、種子島の宝満神社は、遠い昔から現在まで連綿と赤米を守り続けて来ました。
赤米は昭和30年代まで全国各地で作られていたようです。
■ 黒米
短粒の黒米
朝紫
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玄米の色が黒色で、果皮・種皮の部分に黒色の色素(アントシアニン)を含んだコメです。
黒米は、おはぎの起源で古くから祝いの米として珍重されてきたという説もあります。
古来、中国では黒米は宮廷献上米として皇帝や女官たちに独占されており、楊貴妃も美容食として愛用していたのではないかと伝えられています。
また、薬膳料理にも古くから使われていることから、薬米の別名もあります。
栄養成分は現代の白米と比べ、たんぱく質・ビタミンB1・B2・ナイアシン・ビタミンE・鉄・カルシウム・マグネシウムなどが豊富に含まれています。
中でも、黒米の糠に含まれているポリフェノールの一種アントシアニンは、血管を保護して、動脈硬化を予防し、発ガンの抑制に関係する抗酸化作用が認められています。
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